2021年に日本公開され話題になった映画『マイ・ビューティフル・スタッター』。
その日本語翻訳・日本公開に尽力するに留まらず、「注文に時間がかかるカフェ」の開催など多方面にわたり精力的に活動される奥村さん。
活動の原点とも言える経験、今後の目標について伺いました。
フリーランス広報
奥村 安莉沙さん
2022.1.22.
<目次>
活動を始めるまで
小さい頃から重い難発の症状がありました。
就職活動では、一次面接で自分の名前を言うこともできず、200社に落ち、最終的に介護サービス会社で訪問介護の仕事に就きました。
仕事中、原付バイクで移動していたところ、事故に遭い、大型トラックの下にバイクごと投げ出されてしまいました。
「助けて」と声を上げようとしましたが、難発で声を出せず、通りかかった人の足に手を伸ばしてしがみついて見つけてもらい、救助されました。
死を感じる経験から吃音治療を決意し、2016年に治療の選択肢が多いオーストラリアへ渡りました。
オーストラリアでの半年間の治療で吃音は大きく改善しました。その後、カナダに渡り、大学で日本語を学ぶ学生を支援し、2018年に帰国しました。
映画『マイ・ビューティフル・スタッター』との出会い 日本公開を主導
字幕翻訳と宣伝を中心となって行い、学校などでの上映会も企画されています。
予告編を観たとき、涙が止まりませんでした。
SAYの創始者であるタロ(Taro Alexander)さんの言葉は、私が小さい頃にかけて欲しかった言葉でしたし、Taroさん自身も過去に吃音で悩んでいたことが紹介されていて、私と一緒だと思いました。
この映画が公開された時点で、日本での公開予定はありませんでした。
奥村さんが日本語翻訳、宣伝をされた結果、日本でも多くの人が観ました。
映画に関わった経験はありませんでしたが、日本でも多くの人に観てほしいと思い、アメリカの映画会社にコンタクトしました。
行動の原動力になったのは、“悔しさ”だと思います。
3年前に帰国したタイミングでtwitterを始めたところ、中・高校生から「吃音で辛くて死にたい」、「学校行けなくなっちゃった」という声が届きました。
私も子どもの頃、一人、吃音で悩んだ過去があり、それと同じ状況がまだ続いている状況がとても辛く、子どもたちに同じ道を進ませていることが、大人として情けなく、悔しかったです。
公開後の反響
SNSを通じて、吃音当事者の方はもちろん、当事者以外の方も多く反応してくれましたし、意外にも、身近な人からも反響がありました。
映画のことを全く伝えていなかった人が「NHKで放送されていたね」と言ってくれたり、同窓会で、ある方が私のところにきて、「昔、吃音って知らなくって、話し方をからかっちゃったよね、本当にごめんね。うちの子にも『吃音ってあるよ』って教えておいた」とも。
身近にも反響があって、すごくよかったです。
twitterでは、「吃音の子が小学校のころいた、あれば吃音っていうのですね」とツイートしてくれている人がいて、吃音当事者以外にもいろんな方が反応してくれました。
海外では、NHKで全国放送されることを監督のライアン(Ryan Gielen)が知り、とても喜んでいました。
『注文に時間がかかるカフェ』開店の目的
2021年8月に東京で1日限定で開き、吃音がある学生に接客を体験する機会を提供しました。
目的は二つあります。
一つは接客業に関心があるけど、吃音のために一歩踏み出せない人を後押しすること。
もう一つは、吃音を知らない人が、スタッフを通じて吃音の理解を深めることです。
個人的な話になりますが、カフェで働くことが小さい頃からの夢でしたが、吃音がひどくてどこでも雇ってもらえないまま大人になってしまいました。
同じような夢をもつ吃音がある子どもたちに、叶えてほしいと思いました。
私自身は、オーストラリアでその夢を叶えたんです。
障がい者やいろんな病気をもっている人が働いているカフェがあり、そこにスタッフとして入らせてもらいました。
いろんな背景がある人がキラキラ働き、そして、病気や障害を持つ人と、そうでない人の接点があり素敵だと思いました。
『注文に時間がかかるカフェ』は、各地で開店できるような体制をとっています。
接客スタッフを募集すると、全国から応募が殺到しました。
どの方からも熱い想いを感じ、選考はとても難しいものでした。中には、高校生の方から「東京ではないのですが・・・」という方も。高校生2名、大学生1名の合計3名の方にお願いしました。
『注文に時間がかかるカフェ』で働いてみたい方は全国におられます。
この取り組みが東京に留まらず、全国に広がっていければどんなに良いでしょうか。
他の地域で開店してみたいという方は、必要な備品は提供することができますので、関心がある方はぜひ検討してみてください。
『注文に時間がかかるカフェ』を開いてみて、発見はありましたか。
あえて接客マニュアルを作りませんでした。
吃音者の中には、定型分が苦手な人が多いからです。そのため、人それぞれの言葉で接客して、例えば、「どうも」、「こんにちは」とか・・・。それが意外とお客様にも反響がよくって。
事後アンケートには「チェーン店みたいなマニュアル言葉ではなく、温かみを感じた」と書いてくださる方が多かったです。
マニュアルが無くても接客は問題なく、むしろ良かった。新しい発見でした。
一方、参加したスタッフは、それまで他の吃音者と会ったことがなかったという人もいました。
「(吃音で悩んでいるのは)自分だけだと思っていたけど、他の2人も自分と同じように吃音で辛かったと知れて心の支えになった」と当事者同士の交流の場にもなったようです。
また、「これを機に当事者同士のセルフヘルプをやってみたい、もっと交流したい!」という人も。
社会参加がなかなかできなかった子たちが、前向きな意欲が湧くきっかけになり、やってよかったと思いました。
第二回目の開店が2022年3月20日に決定し、準備が進められています。
詳細情報は、注文に時間がかかるカフェの公式サイト、公式twitter(@kitsuoncafe)から確認できます。
臨床医・言語聴覚士吃音研究会
2021年3月から専門家を対象に“臨床医・言語聴覚士吃音研究会”を月2回、無料で開催されています。
日本では、吃音を診てくれる専門家がまだまだ多くありません。
吃音の臨床に興味をもった先生同士が論文を読み合わせたり、報告会をしたり、先生同士の交流の場を設けることで、吃音治療をする専門家のサポートができると思いました。
「自分は専門家でもないのに、このような会をしてもいいのだろうか」と不安がありました。
しかし、先生側の立場で考えてみると、「自分は吃音当事者ではないし、経験症例も多くないのに・・・」と思われるかもしれません。
結局、誰かがやらないと始まらないと思いました。
始めてみると、意外にも批判されたことはなく、むしろ先生方も「機会を作ってくれてありがとう」と言ってくださいます。
「今年吃音の子をみることになりました」という初めて吃音をみる方から、「ずっと吃音についてやってます」という経験者の方もおられます。
twitter相談箱
twitterでは相談箱をされています。
私自身も、長らく吃音で悩み苦しんできた経験がありますので、相談内容を読むと相談者の辛い気持ちにひっぱられて辛く感じるときがあります。
相談内容から読み取れない相談者さんの背景があったり、私は専門家でもありませんので、相談者さんが期待される回答ではないかもしれません。
しかし、自分が子どものころを振り返って考えてみると、話を聞いてくれる大人がいないことがかなり辛かったのです。
話を聞いてくれる大人が一人でもいることが相談者さんの力になると信じ、続けています。
活動のスタンス、ご自身について
吃音当事者、専門家、世間を対象とした幅広い対活動をされています。
できる活動をまずやってみて、評判がよければ続けるというスタンスで行い、結果的に幅広くなりました。
目標は、「吃音当事者が生きやすい社会をつくる」ということ。
世間には吃音の理解を深めてほしいし、当事者は社会に踏み出してほしいし、吃音を診てくれる病院や先生を増やしたい。
そのための活動をライフワークとして、長く細く、無理なく続けていきたいと思っています。
いずれの活動も、多くの協力者が不可欠と思います。奥村さんは、人を巻き込む力が強いですね。
私はマイペースな性格で、一匹狼でやっていくタイプなのですが、周りに賛同してくれる方が集まってくださることが大きいです。
私の能力というより、皆さんが同じことを求めていて、力を貸してくださっています。
病気や障害の啓発活動を通じ「当事者が生きやすい社会」をつくる 今後の2つの活動
新しく2つの取り組みの準備を進めています。
活動対象は、吃音以外の病気や障害も含みます。
一つは、病気や障害の啓発メディア「ソーシャルメガホン」の立ち上げです。
このメディアでは、病気や障害を抱える当事者が周りの人にしてもらって嬉しかったエピソードを動画や漫画でインターネット配信します。
当事者をサポートしたい人(家族、友達、医療関係者など)は当事者のニーズを把握しにくく、どうサポートすればいいか分からず悩むことが多いと吃音の講演活動を通して知り、その問題を解決したいという思いから決めました。
当事者の生の声を配信することで、サポートしたい人が当事者の多様なニーズを知ることができ、より良い支援に役立つことを目指します。
もう一つは、病気や障害の当事者団体のための啓発・広報活動サポートを行うことです。
当事者団体のスタッフは、一人何役もの業務を抱え多忙である場合が少なくありません。
広告代理店での経験、これまでの吃音啓発活動の経験を活かして啓発・広報分野でお役に立ちたい。
病気や障害について認知や理解を広げて「当事者が生きやすい社会」を作る。
また、素晴らしい活動をしている当事者団体の活動をさらに世の中に広めることが目的です。
当事者がより生きやすくなるスキル“セルフアドボカシー”を日本で広めたい
オーストラリアで“セルフアドボカシー”というスキルの存在を知りました。
セルフアドボカシーとは、当事者から自分のニーズを「こういうことしてもらえたら頑張れそう」と周囲に説明し、助けてもらうスキルです。
まだ症状が重かった頃、オーストラリアでは会う人に、「アリサは吃音なんだね、どういうふうにしてもらえたら嬉しい?どういう支援が必要なの?」ってフラットに聞かれて、「おおっ!」と衝撃を受けました。
その後、自分の抱えている問題やニーズを整理して、留学先のクラスで伝えたところ、クラスメイトから「遠慮なく話してくれてありがとう」、「次から気をつけるね」と受け入れてくれました。
日本では支援において難しいと気づいたことが一つあります。
当事者の人と支援する人の間に、壁があると感じます。
日本人らしい謙虚さや奥ゆかしさからか、当事者側は意見を通すことを遠慮しがちです。
他方、当事者以外の人は、「センシティブな問題だし、触れたらだめかな」と歩み寄りにくい状況です。
オーストラリアでみられるオープンな方法は、今の日本には馴染みにくいと思いますが、日本は日本のやり方ができると思うので、それを考えていきたい。
一人ひとりが、「こういう配慮があれば、もっとコミュニティーに貢献できるようになる」と自然に言えるようになれたらいいと思います。
これは、吃音に限りません。
「困っているのは吃音者だけではない」というご指摘をいただきますし、メディアを通じて、さまざまな障害や困難を抱える方の現状を知る機会があります。
吃音当事者の中には、他の障害を抱えている人もいます。
吃音に限らず、病気、障害がある人が生きやすい社会をつくりたい。
そのためにもセルフアドボカシーを広める活動を行っていきたいと思います。
ご趣味は?
時間があるときは・・・寝ます。寝るのが好きなので。(笑)
ハムスターを2匹飼っているので、遊んだり、お世話をしたりすることが癒されます。
フリーランス広報
奥村 安莉沙(おくむら ありさ)さん
幼少期から難発症状に苦しみ、海外での吃音治療を経て帰国、広告代理店で働く傍ら、吃音啓発・当事者支援活動を開始。
現在は、フリーランス広報として吃音に限らず様々な生きづらさを抱える当事者の支援活動を模索。
twitter:@alisa920301
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